前回の①では、運命と未来の理論に関して書いてみたのだが
今回は、もう少しざっくばらんに意見を述べてみる事にした。
昔から思っていた事だが、能力者は何故未来視をする事が出来るのか。
である。それはやはり運命として決まっている事だからなのか。
はたまた、未来がすでに決まっているからなのか等。
様々に思いを巡らせたのであるが、今では未来には多様性が
ある事が理解でき、枝葉が分かれるように同時に複数存在する事が
理解出来るのである。
つまりは、現在に置いてどんな選択をするかが鍵となり未来が
決定していく訳である。それだけに現在と言う時間が如何に
大切であるのか理解出来るだろうかと。
しかしながら、人は現在にしか生きられず、未来や過去へは行けない。
であるなら、現在を如何に生きるかこそが人生の鍵とも言えるのである。
通常の人は未来視など出来ない。
しかしながら、未来を想像する事は出来る。
そして、過去に起こった事実から未来を想像する事でおおよその
未来を描き出す事が出来る訳であり、災害などの場合は
準備をする事で、問題を回避する事が出来るのである。
また、おばあちゃんの智恵などの先人の智恵を拝借する事で
身の回りに起こる問題に対処する事ができ、人は過去から学ぶ事で
未来に対応していると言っても過言ではない。
世の中とは面白いもので、未来視が出来る能力者が確実に存在している。
それが予言と言う形で歴史的にも残っているのだけれども
その真贋は謎に包まれている。
私はそう言った能力者が居るとか居ないとか、そういう能力があるとか
ないとか言った事ではなく、どのような論理で未来視を行えるのか。
と考えていたのだが、ある種の結論に至った。
人には現在、過去、未来と3つの時間軸が存在する。
現在はまさに今であり、過去はすでに経験して来た道である。
未来はこれから歩む道にあたるのだが、人の流れは一方通行である。
生まれたからには死が待っている訳であり
未来とへ向って歩いていると言っていいだろう。
今の積み重ねが過去となり、戻る事は出来ないが振り返る事は
出来る訳である。未来は何も決定していないが、今の選択により
徐々に決定して行くと言う具合である。
しかし、この理論だと一つ矛盾が存在してしまう。
そう。未来視に関してである。
現在の選択が未来を決定しているなら、現在の選択をしらない
過去からの未来視は出来ない事となるのではないだろうかと。
まあ、その現在の選択すらも未来視すれば出来るとも言えるのだが
これだと、パラレルワールドのパラドックスに陥ってしまう。
つまりは、平行世界のいくつもの選択枝に未来視を一つに限定する事は
出来ないと言う訳である。例え限定したとしてもその予言は
外れる事となるのではないだろうかと。
しかしながら、多くの予言はかなり良い感じに当たっている。
つまりは、そう言う事ではなく別の理論が存在していると言う事である。
③に続く。
ありがとうございます。
感謝。
和海。