昨日に続きとなります。
憎しみとは、身近であり手が届きそうな場合に
強く現れると言える感情の一つなのです。
そして、それは自らが不利益を被った証拠であり
その対価を払わそうとする強い思いであると言えます。
もし、貴方が憎しみが強いと感じるなら
それはこだわりが強いと言う事でもあるのです。
確かに不利益を被ったと思う場合もあるでしょうけど
相手からすればそれほど不利益を与えていないと
思い、当然とすら思う事もあるのです。
それをこちらが過剰に反応している場合もあると思います。
痛みの感じ方は場所や人でもそれぞれであり
繊細な方ほど、痛く感じて鈍感な人ほど感じないものです。
心の感じ方もそれぞれだと知りましょう。
そして、もう一つ知ってほしいのは
憎しみも心の感情なので、憎しみを持つ事は人として当然であり
自然な姿なのです。なので、その感情はいけないと思わず
それも自分の感情の一つなのだと認めてあげる事です。
そして、その感情を理解して自らが制御出来ればいいのであり
無理に押し殺したり、心に貯めたりしないで
自然に受け流す術を学ぶ事が心の安寧を保つ秘訣と言えるでしょう。
身近である事がより憎しみが現れる原因である訳で
家族や血縁そして、仕事や友人と自らと繋がりのある人達との間で
起こる場合がほとんどです。
何故なら、接触の無い知らない人とは起こりえない
と言えるからです。この性質からある程度の
対処法が想定されます。
おそらく一番の対処法は、問題のある人や職場から
離れる事です。全ての縁を切ると言う事です。
しかし、それがなかなか出来ないからこそ苦労するのです。
私がお勧めするのは、もし体に変調が訪れるようなら
迷わず離れる事をお勧めします。
そうでないと、うつ病になってしまい思わぬ方向へと
向う可能性があるからです。
仕事は辞める事になるでしょうし、親戚などとは
縁を切る事となるでしょうけど、自分の命や体を害する
ような関係を続ける意味はありません。
次にまだ体に変調は来ていない場合は
まずは、リラックス出来る方法を探りましょう。
お風呂に入るもよし、散歩をするもよし
参拝も重要な方法です。朝の瞑想や呼吸法もいいでしょう。
わらいヨガや泣く何て方法もストレスを軽減する事が
出来るでしょう。それでも心に火がついている場合は
体をめい一杯疲労させる事です。
人は、究極的に疲れてしまっては寝る事しか出来ません。
そして、めい一杯睡眠を取りましょう。
これも仕事が忙しい方には難しいのですが
休みの前などには出来ると思われるので
山に登ったり、マラソンをしたり長距離ウォーキングを
したりと体をめい一杯使ってみましょう。
そして、お休みは一日寝る。なんてのもいいでしょう。
体をめい一杯使えない方は、まずは呼吸を変えましょう。
深くゆっくりと息を吐き出し、そして、今度はゆっくりと
長く吸いましょう。それを10分間は行ってみましょう。
はじめはタイマーを使うと良いでしょう。
そして、心が落ち着いて来たら今度は笑いヨガです。
部屋で大きな声を出して笑ってみましょう。
疲れるまで行ってください。人は可笑しくなくても
顔の表情筋がその形になるとホルモンを分泌します。
なので、強引にでも笑うと気持ちが軽くなるのです。
次にめい一杯笑ったら今度は泣いてみましょう。
人生で一番悲しい出来事やそんなイメージを思い描いて
わんわん泣きましょう。泣けるドラマや曲を聴くのも
いいでしょう。涙の成分にはストレス物質が含まれ
排出する効果があるのです。
笑って泣いてある程度すっきりしたら、今度は静かに
座って目を閉じて瞑想してみましょう。
何も考えないのが理想ですが、まず出来ないでしょうから
色々とその日の出来事に感謝する事を考えて見ましょう。
そして、口に出して一つ一つ感謝の言葉を述べて見ましょう。
感謝する事が無い。何て方はいないと思いますが
もし私なら軽く考えても百以上は上げる事が出来るでしょう。
朝起きる事が出来て感謝。朝食を食べる事が出来て感謝と。
家族が健康であり感謝とか。その一つ一つに
「ありがとうございます。」とつけ加えてみましょう。
何に感謝かと言う人も居るでしょう。
それは全てを見守る神様にですよ。
そして、自分をサポートして下さるご先祖様でしょうか。
これこそが、私が提唱する「感謝瞑想法」と言う方法です。
これを続けていくと、恐らくは、感謝の念で涙が溢れてくるように
なるでしょう。自分はこんなにも守られていると。
そして、生かされていると。
ここまで来れば、自らに不利益を及ぼしていた存在にも感謝する事が
出来るのです。ダイヤの原石はダイヤでなくては磨く事が出来ません。
つまりは、自らの輝きを増すためにこそ、困難や障害があるのだと。
そして、ダイヤの輝きが完成の域に達したなら、もう磨き粉であった
屑ダイヤはいりません。当然にして捨てられ離されていくのです。
つまりは、自らの輝きが足りないからこそ困難や障害が存在する。
と言う事なのです。
これこそが神の試しの答えであるでしょうか。
大丈夫です。神は常に神を信じる者の見方です。
神を信じ、己を信じてこそ感謝の道があるのです。
「惟神霊幸倍坐世」
ありがとうございます。
感謝。
和海。
和海さんこんばんは^^
先だっては悩み事にお力を貸していただき本当にありがとうございました。
おかげさまで今は気持ちを切り替えてまた前向きにがんばっていこうという気持ちになれました。
人間不信と自分を否定されたことで苦しい時期でしたが学んだこともありました。
自分の身は自分で守らなければいけませんね。今更ながらそう実感しました。
今頃こんなコメントを書かせていただきました・・・。
ありがとうございます。
こんにちは。乙亀さん。
返信が遅くなりましてすいません。
いえいえ。こちらこそ。
そうです。自分の身は自分で守る事。
そして、信じる神様が常に見守ってくださっていて
丁度良いタイミングを見計らい、救いの手を差し伸べる。
と言う具合です。しかし、自らが奮起して起き上がる
のを待っているのですね。
それこそが、行であり学びなのですね。
実感がようやっと訪れたのでしょう。
私もうれしい限りです。
ありがとうございます。
感謝。
和海さま、ご無沙汰しています。
心とおぼしきことが実は頭だったりするので、そんな時は呼吸を止めるとぴたりと雑念がなくなることを最近知りました。
座禅で肩をたたく理由もそれだったり、阿字観の阿の字は単に黒い点でもいい等、最近OSHOの本を読みふけってたくさんのことに気づかされました。1冊2000円程度の本ですが私には200万円の価値があるように感じています。
彼を知った時には既にこの世に亡く、私がスピリチュアル系に興味を持ち始めた頃に気づいていたらどれほど直接お会いしたかったか(外国語は話せませんが)それが悔やまれてなりません。
何ともお久しぶりですね。巫女たんさん。
お元気だったでしょうか。
本当にインドの聖人は偉大です。
あの時代の巨星の方達にはお会いする事が
出来ないのが残念でなりません。
しかしながら、彼らの教えと智慧の結晶は多くの書物にて
感じ取る事はインドに行かずとも出来るようになりました。
そして、いつの時代も真理を掴み取るのは
書物ではなく、己の修行と経験によるものだと思います。
面白い事に現在日本には多くの転生インド人が
生まれているのですよ。
「月の王」の魂も日本に転生しているように感じますよ。
そして、皆が集う時が来るのでしょうか。
ありがとうございます。
感謝。
和海。