最終章の本日は、題名にある菩薩の域とは。
どんな領域であるのかを書いて見るとしよう。
まず、③の最後でも書いたのだが、菩薩の域は人の到達する最終的な
状態では無いと言う事である。
つまりは、菩薩から如来へと進化出来る可能性があると言う事である。
であるなら、それは通過点に過ぎずその状態で止まるのか
先に進むのかで分かれ道となるのであろうかと。
まあ、菩薩の域に達するのもかなりハードであり、さらに上と言うと
もう遥か先になってしまうと思われるが、人は何度でも人生を
繰り返しているので、数々の前世で経験してきた記憶の蓄積を
考えれば如来の域にも到達する事は可能だと思われる。
それを実現したのがお釈迦様であり、彼こそが人が始めて
如来となった釈迦如来な訳である。
本題に入るとしよう。菩薩の域とはどんな領域か。
それは、愛を理解し体現した状態であると言える。
愛とは人の持っている情愛とは少々違い。
神なる愛であり、全ての思念を自らの心に投影でき
かつ受け入れて許容でき、自らの心のバランスを保ち
神なる存在に触れる事が出来る状態であると私は考える。
前段でも紹介したように、神に対する帰依全拓と全てを
受け入れて感謝する状態になれば、自ずと愛の源泉が
心の奥底に開かれ、泉のように湧き出すものである。
そして、それは決して枯れる事はなく
多くの人達の心を癒し、周囲に潤いとなり影響を
及ぼし始める事となるのである。
これが菩薩の域の正体である。
そして、その副産物とも言えるのが六仙通の力と言える。
まあ、こちらの方は遺伝子による副産物とも言えるのか
先史文明の遺物でもあるのだろうかと。
つまりは、少々オカルトティックになるのだが先史文明の
宇宙人類の遺伝子の影響であるのだろうと私は考えている。
現在の人類は、遺伝子操作によって生み出された
デザインヒューマンであると思われる。
つまりは、宇宙人類と猿人との交配により作られた存在で
あり、時を重ねて突然変異して現在のホモサピエンスと
なったのだろうと。交配が進むにつれ寿命が短くなり
また、増えすぎる人類を減らす為に癌化する仕組みすらも
作られた節もある。最近の研究でテロメアの修復が
出来る可能性がある事や、癌に対してもイメージ力が
治療に効果がある事なども発見され、人類と言うのは
命が短くなるように遺伝子に設定されていると思う節
すらもある。
まあ、話はかなりそれたが、副産物の六仙通の力とて
我々人類はその遺伝子に可能性を秘めている訳であり
その遺伝子を開く鍵こそが愛の力なのである。
そして、その愛の力を得る事こそが人が生まれ出る
意味であり、人類の役目と言えるのだろう。
我々がその次元の先を行く為に。
ありがとうございます。
感謝。
和海。