自覚する時。

自覚とは。読んで字の如しで自ら覚る事である。
仏教用語にして、自らの事を悉く気が付く事であるだろうかと。
そう、人は己の事をあまり理解していない。
何故に生まれ、何故に死んで行くのか。
何を成して、どうしたいのか。
しかしながら、多くの生を受け輪廻の輪の中から
逃れる事が出来ないでいる。それは何故なのか。
本当は答えを知りながら自覚する事が出来ていないのである。

では、自覚するなら答えを導く事が出来るだろう。
そう。答えはいつも自分の内側にこそあるのだから。
気を鎮め己の心と静かに対話する。
その行為が瞑想であったり座禅であったりする。
そして、外へ向う心を内側に向わせる行為こそが
雲水さんの修行であったり、遍路修行であったりする。
常に人の心は移ろい易く、そして、留める事が難しい。
留める事が出来ると、今度は迷い、悩み、苦悩し
自らの心と格闘する。人は考え続けると無心になるのである。
それは、作用と反作用の影響であるだろう。
そうして、無心の心をつくる事が出来て初めて
自らの心と対話する準備が出来るのである。

日本人は今、自らの事を自覚する時が来ている。
それは、遺伝子に刻まれた神との約束なのである。
自分が何者であり、何を成して何処へ向うのか。
それが、この国の未来を決定する事となるのである。
この国の未来は外国人にはコントロールする事は
出来やしない。何故なら、そう言う太古の神がこの国と
その約束された民を守護されているからである。

ありがとうございます。
感謝。
和海。

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