悪意とはどのように生まれるのか。
それは心に悪心を懐き、悪行を行う事であるだろうか。
人は欲望を膨らませると、人の物でも何でも欲しくなり
奪ってでも、また、騙してでも自分の物とするようである。
現在に置いては、お金がその代名詞となっているが
それは、お金で大概の物が購入出来るからであるだろう。
しかし、お金では買えない物も多く、愛や人の心や
親や友人は買えはしないだろうかと。
また、病気もお金では治す事は出来ない。
これは薬や治療であるのだが、本質的には自分の抵抗力で
治しているに過ぎないからである。
即ち、悪心とは他者に害を与えかねない行いであり
それは自らの身を滅ぼしかねない行為である。
何故なら、作用と反作用の影響でカルマとなって
自らに及ぶ訳である。同じように善意も自らに
作用する行為であるだろう。
悪意は誰に対してなのか。
それは、自分以外に対してなのだろう。
しかし、結果的には自らに返る事になるのである。
と言う事は悪意であろうと、善意であろうと
自分以外の他者に向けられた意識であり行為であるようだ。
では、こんなのはどであろうかと。
現在の社会は競争社会である。
その競争を勝ち抜く為には、他者を出し抜いてでも
勝ち残らねば意味がなく、勝たなければ利益は薄い。
こんな社会で、他者を出し抜き自らのみが利益を
独占する行為は悪意なのであろうかと。
次はこの辺りを論じて見るとしよう。
次に続く。
ありがとうございます。
感謝。
和海。