サバイバルの基本。

9月1日の防災の日を兼ねて書いてみたいと思いました。
ご参考にして頂ければと思います。
山などの非日常を過ごす事が無い方へサバイバルの基本とも
言うべきいくつかのポイントをまとめてみました。

1.一番は事前の準備です。
 つまり、想定をして予め、資材、体力、心構え、情報を準備する。
 常に最悪のケースを想定する事であらゆる状況に対応出来るでしょう。

2.二番は経験です。
 1の準備をシュミレーションしておく事です。
 山やキャンプに出かけるといいでしょう。
 思わぬ所から漏れが見つかるはずです。
 避難訓練や逃げ道の確保等にも有効です。
 要は自分の足で歩いて見て、想定寺の経験を積む事です。
 それを記録に残して置き、家族で共有すると尚良いでしょう。

3.退く勇気。逃げる勇気です。
 命を一番の優先度と考え、無理はせず退く勇気を持つ事。
 誰よりも先に逃げる勇気です。予め想定しておけば逃げ道は確保されます。
 遅れると多くの人が殺到して逃げ場がなくなります。
 また、時には回り道も必要です。
 もし、行く道に危険がある場合は迂回も必要と考えましょう。
 急がば回れの精神です。身の安全が一番なのです。 

4.自分を信じる事。(経験と想定を踏まえる)
 以上の項目を踏まえ。他人を信じるのでは無く自分を信じる事です。
 または、信頼できる専門家を参考にして自分で決断する事です。

5.サバイバルでは自分や家族(仲間)以外の事は考えません。
 つまり、責任範疇以外のケースは切り捨てる事です。
 ひどいように感じますが仕方がありません。
 でないと自分や家族が危険にさらされる事となるのです。
 準備をしている人とそうでない人。違いが出るのは当たり前です。
 これは緊急時の救急医療の現場でも適用される事であり
 助かる患者から診療し、助からない患者は必要以上は診ないのです。
 そうしなければ、多くの救急患者を診る事が出来ません。
 それと同じで、サバイバルと言うのは、常に自己責任なのです。
 
6.経験も情報も無い人の意見は無視する事。
 おそらくそんな人に付き従うと自滅するでしょう。
 自分は自分。他人は他人と割り切り理解しましょう。
 911テロでもエレベータで1階に着きながら警備員に帰された人々。
 他人を信じる事の危うさ。肝に銘じるべきです。
 まずは、逃げる事。自分の命は自分で確保する事を優先すべきです。
 
7.幅広い情報を確保する事。
 アンテナを常に張って、情報に敏感に対応する事です。
 天候や気候を考え装備を決定します。
 正確な情報ソースの確保も大切です。
 自分が足で稼いだ情報を総合して考える事です。

8.装備の確認。
 備蓄品の賞味期限の確認や、装備の在庫状況の把握を意識する事。
 お風呂の残り湯の確保や水や火の確保等の在庫管理。
 また、日頃から実際に使ってみる事です。
 シュミレーションは経験を得る上でも大切です。

9.最後に、慌てず焦らず慎重にです。精神論となってしまいますが
 日頃より準備していて、想定が完了していればどんな災害がやって来ても
 心配する必要はありません。命さえ無事であればいくらでもやり直す事が
 出来ます。欲を出さずに必要最小限のものを持ち行動する事。
 これは、山での基本です。重すぎれば疲労と注意が散漫になり
 行動範囲が狭くなり危険が倍増します。自分の限界を知る事で
 自ずと必要なものや重さが解るでしょう。そして慎重に行動する事で
 安全に乗り越える事が出来るのです。
 
人は安全な家から一歩外に出れば危険がいっぱいです。
回りに注意して歩いていないと思わぬ危険がつきものなのです。
電気やガスなどのインフラが使えなくなったら、水が出なくなったら
電車が止まり家に帰れなくなったらなど。サバイバルにどう向き合うか。
それが、サバイバルを生き抜く知恵となり貴方と貴方の家族を守る糧と
なるのです。無い袖は振れません。あるからこそなのです。
災害のための備蓄や準備は完了していますか?

ありがとうございます。
感謝。

4.経験値こそRPGを制する道である。

4回目の本日は「経験値」の事を書きたいと思います。

ドラゴンクエストなどのRPG(ロールプレイングゲーム)では
大切なものが4つほどあります。
それは、お金、アイテム、謎解き、そして最後はレベルに相当する経験値です。
経験値を稼げば稼ぐ程、お金が貯まるシステムです。
それだけ雑魚キャラを倒さなくてはなりません。
通常アイテムはお金で買う事が出来ますが、謎解きや特殊アイテムは簡単には
得られません。そこもある程度のレベル(経験値)が必要となるのです。

人間の実生活に置ける経験値とは?いかなるものでしょうか?
それは、ただ人生を生きて来た年齢では決してありません。
人生で様々な苦労や経験を重ね深みを増した歴史。それが経験値なのです。
本の上での知識では無く、実践し得られた経験が学びと言えます。
様々な種類の山を登れば登る程、山の専門家となるでしょう。それと同じです。
ではなぜ?その経験値が人生と言うRPGを制する道なのか?
それは、あらゆる困難が起ころうとも勇気と知識が自信となり
必ず乗り越える事が出来るからです。
そして、今までの経験から予測を立て。準備をして。無理をせず。
着実に事をこなし。決断が早い。となるのです。

また、人の強さとは何なのか?
それは筋肉に裏打ちされた力だけではありません。
人は知恵があるからこそ、肉体では持てない物を持ち、走るよりも
早い乗り物を作り、素手よりも強い武器を生み出してきました。
それは知恵と経験値のなせる技であり、かつて人が自分よりも数倍もある
動物に勝つために経験してきた事でした。
そして、その経験を後世に伝え残してきた事が今に生きているのです。
つまり、強さとは知識や経験であり、伝承であり、人の和(愛)なのです。

霊性においてもそれは同じです。
様々な経験を積むことで向上し、また、日々思考する事で向上するのです。
だからこそ。人生というRPGを制する道こそ、経験値と言えるのです。

ありがとうございます。
感謝。

3.宗教とは?ガイドブックである。

3回目の本日は、「宗教とは?ガイドブックである。」に関して
書いてみたいと思います。

皆さんは宗教の目的を考えた事があるでしょうか?
本来、宗教とは教えを受ける人の集まりの事である。
では、その教えを受けた先の目的は何になるのでしょうか?
宗教的に言いますと、悟りを目指す事?解脱をする事?
何のこっちゃ!ですよね。
また、お友達や仲間を作りに行く。自分の悩みを聞いてもらう為。
理由は人それぞれでしょう。
何かしらの教えである限りは、何かを理解し会得する事が当面の
目的となるでしょう。または、理解し知恵が神仏の智慧となるように
学習する事なのだと思います。
自分の信じる神様に関しての知識や教えを理解するための集団
と言う位置づけではないでしょうか?
礼儀作法やら仕来りやら多くの知恵が学べます。
そして、先人の方々の教えも加わる事で、一人で学ぶよりも
効率的に教えを学ぶ事が出来ると言えます。
確かに昔のような情報があまり入ってこない時代でしたら
それが一番の早道であり唯一の道でもあります。

しかし、現在のネットや情報社会では自宅に居ながらにして
様々な情報を閲覧する事ができ、街や県立の図書館に行けば
多くの蔵書を無料で見る事が出来るでしょう。
街の本屋さんには多くの蔵書が並び、情報の選択に迷うほどです。
学びに困る事はありません。
もし貴方が神官や僧侶になる方であれば、迷わずにその道に
入る方がいいでしょう。専門教育とはそのようなものです。
しかし、在家の信徒であるのなら十分学ぶ事が出来るでしょう。
どこの宗教でも教義より実践が重視されます。
それは、経験こそが人を育て、霊性の向上には欠かす事が出来ないからです。
では、宗教団体に入らなくては霊性が向上出来ないのか?
いえいえ。そんな事はありません。
山に例えるなら(毎度ですいません。)宗教とはガイドブックのような
存在であり、教祖や先生はガイドさんと同じです。
山に入る前には様々な準備が必要になります。持ち物から心構え。
登山前のトレーニングも必要です。高い山なら高度順応も必要です。
ガイドブックがあれば、山に必要な知識が全て書かれています。
そして、登山当日にはガイドさんと登れて安心です。
実際に先達さんと言って修行の山に入る時には熟達した経験者が先頭に立ち
集団を指導して引っ張るものです。
それと同じで見知らぬ土地(教え)のガイドとなるのです。

しかし、一番重要な事は山を登るのは本人の足だと言う事です。
一歩一歩の歩みを重ねる事で、山の頂へと登って行くのです。
ガイドブックをいくら眺めていても、山を登った事にはなりません。
また、一緒に登ると言うだけで代わりに登ってくれる訳ではありません。
貴方にとってそのような存在である訳です。
最終的に信頼出来るのは、自分の二つの足だけであり体力と精神力なのです。
諦めない心があれば、歩みは遅くとも必ず到達するのです。
その高き頂きに。

ありがとうございます。
感謝。

満月にて思う。

筑波山

筑波山にて

8月2日は満月でした。
朝早くより何者かに起こされ、探りを入れると何やら神聖なものが
お迎えに来ているようだ。先週くらいから筑波山へ誘われているらしく
精神が乱される事が多かった。しかし、何か今はまだ行きたくない感があり
それが違和感となって、足の動きを重くしたようである。
流石に、ここまで来るとそうは行かないので、調整も兼ねて行くことに
行く場所はすでに決まっている。
ここ最近の茨城県南部の地震の震源の近くで
実は前回も同じ付近での震源で、その時より気になっていた場所である。
目的の場所に参拝後はいっきに体が軽くなったようだ。

筑波山神社

筑波山神社

そして、その足で筑波山神社へ参拝に行く事にしました。
今日は山頂へは行かない予定なので参拝後はトンボ返りで自宅へ帰る事に。
部屋でくつろぎながら窓の月を見ていると満月なので
今日のお迎えには何か意味があるようだが、理解するにはしばらく時間が
必要な雰囲気である。そろそろ神の巡航が始まるのか?
エネルギーもそこそこ使っているようなので、動きがあるやもと
思う今日この頃である。

ありがとうございます。
感謝。

山の登口は。

霊性は山の登口のように様々な道があります。
歴史のある道や初心者向けや上級者向けなど様々です。
登るのに難しいとか比較的楽だとか言われますが
山の高さは変わりません。
そして、頂上では皆同じ場所に行き着くものなのです。
麓の登口が違えば、見える景色はまったく違います。
しかし、登っている内にどんどん山下の景色が小さくなるのは
同じです。そして、一歩一歩のあゆみも同じなのです。
日本でも霊性に関しては様々な宗教や教えが存在します。
世界に目をやれば、その比ではありません。
幸いにも日本は多神教の国と言え、どんな教えを信じるも自由なのです。
自分が選択した教えを学び、または学ばなくても霊性を向上させれば
いいのです。要は山を登る決意をし実践するのかが重要なのです。
今の日本の多くの方は、遠くの山を見つめていつかは登りたいと願うだけで
登ろうとはしません。踏み出す決意をし一歩を踏み出すのです。
踏み出してしまえば例え休んでいてもいいのです。
必ず次を踏み出す事になるのですから。
そして、積み重ねた一歩一歩(経験)が山の景色(魂)を変えて行くのです。
気がついた時に振り返ると、雄大な景色が広がっているはずです。
頂上付近に辿り着くと、他の登口を歩く多くの人の流れが見えるものです。
皆頑張って登っています。登口が違うとはいえ貴方も同じ山を登る仲間なのです。
運良く頂上に辿り着けば、全ての道は合流しているのが理解できます。
そうです。全ての登り口が一つに通じるのと同じく
全ての教えもまたしかりなのです。
なので、どの道を登ろうともいい訳なのです。
諦めずに登りさえすれば、必ず頂上にたどり着くのです。
人は隣の庭の芝生は青く見えるものです。しかし実際は同じなのです。
自分の道を信じて登って行きましょう。
また、体の調子が悪くなるようなら一刻も早く下山しましょう。
無理は禁物です。高山病になるからです。
教えも同じです。自分に合わない場合は下山していいのです。
自分に合った道を選択すればいいのです。
基礎体力(基礎知識)と登山の基礎(教えの基礎)を学ぶなら
迷う事もないでしょう。後はゆっくりでいいので登る事です。

いつか登ろうと待っていては、いつまで経っても登れません。
まずは、準備をして一歩を踏み出す勇気です。
後は諦めずに、登る事です。やがては高みに到達するでしょう。

ありがとうございます。
感謝。

2.直感と客観。心の素直さに秘密あり。

霊性の向上プログラムの2回目なのですが
1年経ち、やっと書けるようになりました。
今回は「直感と客観」に関して書きたいと思います。

霊性の向上には、直感と客観の向上が必然的に必要となります。
一般的には、霊感系は直感でデータがある占い系は客観と言われます。
直感とは?まさに感覚であり。客観とは?まさに経験であります。
人は五感を通して経験し、そのデータを蓄積して生きていく生き物です。
そして蓄積した経験を応用し予測や推測をします。
時には仮説を立て理論を証明し、成功や失敗を通して再度経験として蓄積するのです。
直感力を磨くためにはまずは感覚を磨く事です。
五感(視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚)プラス第六感である感覚を養う事が重要です。
第六感の感覚とは?
五感を駆使して、目には見えない物を感じる力の事です。
例えば「気」等もそうだと思います。
天気、気温、気候などの天候から出る氣や
陽気、陰気、元気、気遣い等の人の心から出る氣も同じです。
そして、その感覚を感じる感度を高める事で直観力が向上します。
また、そこから得られた知識や経験が蓄積される事で客観力も向上するのです。
しかし、感度を高め過ぎるとおそらく精神が疲弊し持たないと思います。
弓と弦の関係に等しく、弦を張りすぎれば弓が折れ、弦が緩めば矢は飛ばずなのです。
適度に弦を張り続ける事がベストなのです。
そして、その状態を長くキープし自然に近づける事が肝要なのです。
矢を飛ばすのに弓と弦が必要なように、霊性の向上にも直感と客観が必要です。
どちらか一方が欠けてもいけませんし、どちらかに偏ってもいい成果が得られません。
車輪の両輪のようにバランスが重要なのです。
上記で説明したように直感を磨けば自ずと客観も向上するものです。
そして、直感と客観の両輪をバランス良く向上させることこそ霊性の向上への
近道と言えるのです。

あまりよろしくないのは、直感を重視し霊的な感覚に頼りすぎる事だと思います。
確かに一見するといいように感じます。しかし、後々になると解る事なのですが
能力に頼った感覚や経験は地道に歩んだ経験に勝る事はありません。
つまり、答えを知っている事と答えを理解している事では中身が違うのです。
暗記と理論の把握の違いと同じです。
実際の実践の場において、能力の使い方や質も変わってくるものです。
人生においてもカンニングはいけないと言う事なのです。
安易に求められる答え程、危険なものはありません。
そして、直観に頼るあまり邁進や過信がおこり、やがては自分を冷静に
見られなくなりマイナス面に取り込まれて行くケースが多いのです。
貴方の右手と左手のように、直観と客観を使いましょう。
ボールをキャッチするのにはどちらも大切で必要となるのです。
バランス良く均等に鍛えて霊性を向上させましょう。

私は常々「心のクリアーさが大切である。」と言ってきました。
それは、心が素直でないと余計な邪魔が入り正確に神様からの
メッセージを受け取る事が出来ないからです。
「心に曇りがある。」ともいいますね。
神様や守護系の方、そして先祖の方々は常に我々に対して
気を配りあれやこれやと面倒を見てくれています。基本、心配さんなのです。
しかし、受け取る側に雑念が多いとメッセージを受け取る事が
困難となるのです。折角のいいアドバイスが台無しです。
メッセージと言うか?サインと言うか?アドバイスは我々の生活の中で
様々な形となって現れてくるものです。
新聞やテレビを見ている時。書物を読んでいる時。友人知人との会話からと
注意していれば、至るところより送られてくるものなのです。
霊性もかなり向上すると、夢であったり、ビジョンであったりと
直接的に送られてくるものもあります。

まずは心を素直にして、クリアーな心でメッセージを受け取る事です。
そして、送られて来たメッセージを自分の心の中で咀嚼して
日々の生活の中で生かす事こそ、霊性を向上させる事となるのです。
面白い事に送られてくるメッセージが同じ場合があります。
しかし、時間に違いがある事に気づくのです。
それだけ、我々の事を心配し思ってくれている方々が居ると言う事です。
なんと素晴らしい事ではないですか?
それぞれ、自分の持てる最高の技術で何とか伝えたい。
私には彼らの愛ある行動が理解でき感謝にたえない思いです。
まさに「心の素直さに秘密あり」なのです。

ありがとうございます。
感謝。

幸福とは?

先日のブータン編に引き続き
今日は幸福論を書いてみたいと思います。
「幸福とは何か?」これも霊性の道に入ると必ず考える問題です。
仏教的な概念から、中道と言う考え方は理想です。
極に至らず、作用と反作用の影響を最小限に抑えます。
「過ぎたるは及ばざるが如し」です。
確かにバランスを保つ事こそ。幸福と言えるのは確かです。
しかしながら心のバランスを保つには規則正しい生活リズムと
食事と運動と睡眠が必要で、禅の上達者にでも成らないと
難しい事だと思います。
そこから発展させ無欲こそ。幸福。と初期の段階では考えます。
確かに望まなければ、身に起こる全てが貰い物になるからです。
しかしながら、人は無欲にはなれない生き物です。
衣食住と子孫繁栄。無欲では積極的に生きては行けません。
では、何が幸福か?
結論から申せば、「満たされている事」だと思います。
食欲はお腹一杯食べると、通常、さらには食べれません。
つまり、欲しがる事がありません。考えるのも嫌なはずです。
人は満たされると欲しがらない生き物なのです。
睡眠も寝すぎると頭が痛くなりますし、物欲もすでに持っていれば
さして欲しくは無いはずです。
では何故?また欲しくなるのでしょうか?
それは、満たされなくなるからです。
普通は時間の経過や必要に応じて欲望が生まれます。
お腹が減ったり、眠くなったり、新しい物がほしくなったりとです。
しかし、愛のエネルギーで心が満たされるならば、不思議な事に
欲望は少なくなるのです。精神が集中している時も同じ事が
起こります。時間を忘れて没頭したり、寝食を忘れてなんて言葉も
あるくらいです。それと共に、愛に満たされている人は
自分が欲する傾向よりも、相手に与えたくなる傾向が強くなり
欲望を抑制する事が出来るようです。眠くもなり腹も減りますが
自分が与える事で心が愛で満たされる感覚があり、欲望を緩和するのです。
心と体は確かに繋がっているのですが、心が満たされる事で
体の欲求に打ち勝つ事が出来るのです。

なので、枯渇する事の無い適度な潤い。
心が満たされている状態を作り出す事こそ「幸福」と言えるでしょう。
十分な睡眠を取り、適度な食事、愛する家族との生活こそが
「本当の幸福」なのだと思います。

ありがとうございます。
感謝。