先日のブータン編に引き続き
今日は幸福論を書いてみたいと思います。
「幸福とは何か?」これも霊性の道に入ると必ず考える問題です。
仏教的な概念から、中道と言う考え方は理想です。
極に至らず、作用と反作用の影響を最小限に抑えます。
「過ぎたるは及ばざるが如し」です。
確かにバランスを保つ事こそ。幸福と言えるのは確かです。
しかしながら心のバランスを保つには規則正しい生活リズムと
食事と運動と睡眠が必要で、禅の上達者にでも成らないと
難しい事だと思います。
そこから発展させ無欲こそ。幸福。と初期の段階では考えます。
確かに望まなければ、身に起こる全てが貰い物になるからです。
しかしながら、人は無欲にはなれない生き物です。
衣食住と子孫繁栄。無欲では積極的に生きては行けません。
では、何が幸福か?
結論から申せば、「満たされている事」だと思います。
食欲はお腹一杯食べると、通常、さらには食べれません。
つまり、欲しがる事がありません。考えるのも嫌なはずです。
人は満たされると欲しがらない生き物なのです。
睡眠も寝すぎると頭が痛くなりますし、物欲もすでに持っていれば
さして欲しくは無いはずです。
では何故?また欲しくなるのでしょうか?
それは、満たされなくなるからです。
普通は時間の経過や必要に応じて欲望が生まれます。
お腹が減ったり、眠くなったり、新しい物がほしくなったりとです。
しかし、愛のエネルギーで心が満たされるならば、不思議な事に
欲望は少なくなるのです。精神が集中している時も同じ事が
起こります。時間を忘れて没頭したり、寝食を忘れてなんて言葉も
あるくらいです。それと共に、愛に満たされている人は
自分が欲する傾向よりも、相手に与えたくなる傾向が強くなり
欲望を抑制する事が出来るようです。眠くもなり腹も減りますが
自分が与える事で心が愛で満たされる感覚があり、欲望を緩和するのです。
心と体は確かに繋がっているのですが、心が満たされる事で
体の欲求に打ち勝つ事が出来るのです。
なので、枯渇する事の無い適度な潤い。
心が満たされている状態を作り出す事こそ「幸福」と言えるでしょう。
十分な睡眠を取り、適度な食事、愛する家族との生活こそが
「本当の幸福」なのだと思います。
ありがとうございます。
感謝。