達磨の教え。

昔、地元のビデオ店で見つけた「達磨大師」と言う映画DVD。
中国制作の映画でありましたが、実によく出来ています。
おそらく今は絶版となっているので、探すのは難しいそうです。
もし見たいと言う方がおられるようなら要相談なのですが。

タイトル通り、禅の開祖、達磨大師のお話なのですが
禅の代表的なお話が随所に散りばめられていて、とても為になります。
私の好きなシーンは、慧可が達磨大師に弟子入りする場面です。
9年間の瞑想の後(面壁九年)、弟子入りしようと慧可が現れます。
幾日も瞑想中の大師を待ち、ついに大師が覚醒されます。
そして、大師に自分の悩みである事を打ち明けます。
慧可は、僧になる前は兵士であり、戦場で多くの敵を殺害しています。
夢にまで現れる悲惨な光景と手に残る痣により
忘れる事が出来ず、日々悩んでいました。
供養のためと僧になり、様々な修行をしても一向に思いが晴れません。
そして、達磨大師に会うべく導かれ少林寺にやってきたのです。
ちなみに少林寺は少林寺拳法やカンフーでおなじみの寺です。

達磨大師は慧可を見るなり弟子入りを拒絶します。
慧可の心を見透かしての事です。慧可は自分の悩みを打ち明けます。
達磨大師は「ではその悩みとやらをここに出してみろ!」と言います。
悩みを出す事は出来ません。と慧可が答えると
「ならば初めから悩みなど存在しないであろう。」と一蹴されます。
何かを悟った慧可。しかし達磨大師はそれでも弟子入りを許可しません。
「お前の心に聞いてみる事だ」と言われ、何かに気が付いた慧可は
自らの痣の残る腕をその場で切り落とします。
そうして弟子入りが叶うのです。(雪中断臂)

その後は中国映画お決まりのカンフー物になってしまうのですが
実に素晴らしい映画に仕上がってます。
確かに説には諸説あり、実際にあった事かは疑問が残りますが
禅問答のエッセンスが随所にちりばめられた作品に
感動を覚える作品でした。
「悩みなど無い。」「色即是空。空即是色」と言う般若心経の一説にも
あり、インドの教えの「マーヤ」この世は全て幻である。と言う
考えにも通じる教えです。確かに心の事は気の持ちようです。
そして、弟子入りの際の覚悟なのだと思います。

達磨の没後6代目で法燈は失われてしまいます。
しかし禅の教えは遍く広がり、まさに仏教の最終到達点である日本で
花開く事になりました。
我々は、今に残る直系の流れを受け継いだ教えを学ぶ事が出来るのです。
なんと素晴らしい事でしょう。
禅の教えは自らが考える事が主体となり、考えの行き着く先にこそ
答えがあるのです。雲水さん(禅の行者)のように雲のように水のように
自由闊達に仏の智慧を求め歩き、やがて只管打坐となり。
無心。無の境地へと導かれて行くのです。
そして、最後に衆生の救済(暗闇の灯明となる)事こそ修行者の本懐です。
これからの新しき時代にこそ必要な教えとなるでしょう。

ありがとうございます。
感謝。

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