菩薩の域①。

最近、観音菩薩に関して調べる事があり菩薩の域と
呼ばれる状態やら感覚とはどのような状態であるのか。
おおよそ知る事が出来たように思う。
まず、始めに菩薩とは。であるが
菩薩とはボーディ・サットヴァの漢訳であり
ボーディは「完全なる英知」の事であり悟りを示す。
サットヴァーは「生きている者」衆生と訳されている。
また、存在している者と言う側面もあり
悟りを開き、存在する者であると解釈する。

しかしながら、それは如来へと進む修行者と言う
側面もあり、人々と共に歩み、教え導く事こそが
菩薩の役目とも言えるようである。
それでは、観音菩薩とはどんな菩薩であるのか
数ある菩薩の中でも、六世界に一人づつおられる観音菩薩。
アヴァローキテーシュヴァラ・ボーディサットヴァ。
「観世音菩薩」とか「観自在菩薩」とか様々な呼び名がある。
訳を考えると「あまねく見る事が出来る自在者」となる。
では何を見る事が出来るのか。また、それが何故「音」に
なったのか、これは後に解る事になるのだが
今はまだ触れない事にしよう。

どうも、観音経にはアヴァローキテーが「観」で
シュヴァラが「音」として訳されているようである。
つまりは、発音の取り方と語尾の切り方で訳が変わっている。
と言う事のようである。しかし、音だろうが映像だろうが
それを見たり聞いたりする事が出来る者である事には
変りはないようであり、その答えとしては六仙通の力と
関係があるようである。

次はその辺りの解説をしたいと思う。
②につづく。

ありがとうございます。
感謝。
和海。

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