鬼怒川決壊。

昨日、鬼怒川が決壊した。
私が下道で筑波山へと赴く道すがらの場所であるようで
テレビで城が放送されていて気づいた。
多くの方が避難していていたアピタも筑波へ向う時に
左に見えていたアピタであったようだ。
9月に入り、何やら不穏な空気が流れている事を
お知らせしてきたが、どうも世界的に水害が多いようで
秋雨前線にダブル台風からの湿った空気が供給され
雨も過剰になったようである。

鬼怒川は文字を見ると、鬼が怒るほどの暴れ川との
印象であるが、これは明治政府による当て字のようであり
本来は栃木や群馬の旧地名である毛野国の川である毛野河で
あったようで、その後、ゆるやかな流れの衣川や絹川で
あったようである。今回の決壊の原因がネットでは
話題となっていて、太陽光パネルの設置により私有地の
丘を業者が削った事で決壊したと噂になっている。
確かに画像を見る限りはそのようにも見えるのだが
異例の水量と丁度、河がカーブしその圧力を考えると
素人目で見ても決壊ポイントしては妥当な線である。

まあ、何にせよそんな事で生活の全てを失う事に
なるなんて、あんまりなのであるが、やはり物事には
原因があり結果がある訳であり、当然のようにして
後に検証がされるのである。
しかし、その度に想定外を繰り返すのだろうけど。
私の結論からすると、日本人は縄文時代から低い土地には
住まない。まさにこれである。東北震災の時もそうであったが
所詮は、便利さと安全のどちらを取るのかである。
私は安全派なので、どんなに不便でも安全策を取る。
何故なら、人生にはもしはなく、因果が存在するからである。
河の近くで生活するなら高台に住むのは当然であり
山に住むなら、周囲が崩れない開けた土地である。

それこそが、昔の先人達の智恵であり教えである。
百年に一度であろうが、千年に一度であろうが
一度でも起こる事は、再び起こる可能性があるのだから。
そうして、人は経験を積み、智恵をつけて生きてきた。
昔ながらの智恵とはそう言うものである。

ありがとうございます。
感謝。
和海。

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