光を見て闇を見ずである。

今日は朝からテレビを見ていたのだが、相変わらずワイドショーは
酷いものである。元日本人のアメリカ人がノーベル賞を取ったと言う事で
日本の教育に関して論じているのだが、何とも偏った論陣には
流石アカヒテレビだと思ったものである。
アメリカは教育面でも個人主義で自由で素晴らしいと言うのだが
本当にそうだろうかと。アメリカから日本人の教授まで出演させて
日本の教育は協調性と平均化を求められると言うのだが、それの何が
問題なのだろうかと。

何故なら、大多数の人は平均なのである。
特質する人の方が圧倒的に少ない訳であり国の教育の底上げをするのなら
勉強があまり出来ない人にでも教育環境を提供する事の方が重要なのである。
確かに優秀な人材には飛び級などの対策も必要だが
そんな人達は一部であり、それだけ優秀な人なら学校の教育などは
あまり必要では無いと思われるのだが、どうであろうかと。
また、研究者でも無い人間が研究を語るなどかなり笑わせてくれる。
本当の研究者は寝食を惜しんでと言うか忘れてしまう位に研究に
没頭してしまうものである。その位で無いとノーベル賞を取る位の
研究者にどなりやしない。
確かにお金も必要だが、それは二の次なのである。
そして、大学の研究には軍事技術に転用させる研究はさせないと言う
現在の研究環境では、お金の面はかなり無理があるのではなかろうかと。
まあ、学術会議などと言う成果も出せていない学者が
日本のトップなのが一番の問題なのだろうかと。

また、前段の事を言えばアメリカはかなりの合理主義であり
研究する限りは当然の様に成果を要求されるのである。
お金だけ出してもらって成果が乏しいでは一生涯研究費など
出してもらえないと言う事なのである。
同じく、職業に関しても、成果が無くば速攻で首にされ職を失う
国なのである。それは自由に対する責任意識が強く、当然ながら
自由に研究出来ても成果を残す事が出来なければ研究などは
出来ないのである。
逆に成果さえ出していれば、研究費や自由が保証されるだけの
事なのである。

ありがとうございます。
感謝。
和海。

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