義風堂々の最後を飾るに、私の体験を書いておこうと思います。
私は若かりし頃より、新潟の山々、特に湯沢と石打にご縁があるらしく
毎年の冬には必ずスキーと温泉目当てに出かけておりました。
ちょうど流行りもあり、賑わうスキー場に毎週のように出かけて行くので
勝手知ったる街となっておりました。
以前から戦国武将の中では信仰心や神なる軍団である上杉謙信公を
とても尊敬してましたが、越後は海側で山側の六日町周辺との関係は
あまり理解しておらず、新潟繋がり位の認識でした。
ところが、諏訪大社で実にいやな霊験があり、何故なのかと考えていると
もしかしたら自分は上杉家に関係があるかもしれないとの思いにかられて
確かめる為にも、謙信公の記憶を探りに春日山城に行く事にしました。
その夜、麓の林泉寺の駐車場にて車中泊している時に素晴らしい謙信公の
霊験があり、より謙信公に対する思いが強くなりました。
ちなみに、その時に直江津で購入した宝くじが当たりましたが
30万円と言う金額の意味すらもその時は解りませんでした。
時は流れ、その頃はまだ東京で仕事をしており、ある重要な人に出会うとの
啓示を受けており、楽しみに仕事に打ち込んでおりますと
本当に出会う事になるのです。その方は新潟の十日町の出身で禅宗のお寺を
実家に持つ方でした。ちょうど私も白隠禅師の禅修行をしている頃でしたので
どうやら禅繋がりのご縁の方と初めは思っておりました。
その頃は仕事のストレスが多く胃に潰瘍を患いかなり辛い時期でした。
ある時、その方からお誘いがあり、新潟の実家に遊びに行く事になりました。
私の目的は温泉での療養でした。石打周辺にはいい温泉があるのを
知っていましたので、いい温泉に入れると楽しみにしておりました。
現在は無くなってしまいましたが、薬師温泉がありその霊験により
痛みが嘘のように無くなり驚いたものでした。
その帰り道で、何やら後方に後髪引かれる思いがしたので
暗闇の中に何があるのか?
と尋ねると坂戸山と言う山であるとの事でした。
心の中では、何か理由がありいつかは登る山であると思ったものでした。
しかし、まだその時は知るよしもありません。
そんな折の2009年に、NHKの大河ドラマにて「天地人」が放送されました。
様々な謎がいっきに解けたように感じました。
坂戸山の坂戸城は上杉景勝・直江兼続の居城だった事。
六日町周辺は上田集だった事や、米沢藩は30万石だった事。
そして、謙信公の遺骸は米沢にあるとの情報を得ましたので
益々、米沢に行かなくてはと言う思いも強くなりました。
時が経ち、大河ドラマで賑わいを見せていた時期が過ぎた
翌年の2010年に米沢に行くことが実現します。
私の中ではやっと御山に登頂し滝開きに参加でき
一段落付いた頃でした。
米沢では上杉神社を始め御廟やら博物館など、行きたい場所は
すべて行く事が出来ました。改めて多くの事を理解出来たようでした。
そしてその足で新潟に向かい、翌日には坂戸山に登る事にしました。
坂戸山の頂上の富士権現に着いてしばしお祈りし、周囲に広がる越後の山々を
見た時に、少し前世の記憶を取り戻したようでした。
そしてこの場所に来る意味も。
前世の記憶とは、古き友人と会うようなものである。
今回の体験を通して、まさに莫逆の友と出会えたようです。
これからも義風堂々と現世を駆け抜けて行きたいと思います。
最後に私を導いて下さった二人の方に感謝を述べたいと思います。
二つの千の名を持つ十日町出身の友人に感謝。
そしてタイトルでもある「義風堂々!」を世に出して頂いた
誠のもののふである原哲夫氏に感謝致します。
ありがとうございます。
感謝。