義風堂々。②

かつて孔子は、仁政こそが民が安らかで豊かに暮らす事ができると説きました。
徳治主義と言うそうです。参考文献:Wikipediaより。

徳治主義(とくちしゅぎ)とは?
徳のある統治者が、その徳をもって人民を治めるべきであるとした
孔子の政治思想です。しかし、統治者に徳が無い場合は支配階層の地位と特権を
守る手段となってしまう弊害があるようです。

また、次の事を論語で説いています。
仁政が行なわれる五つの条件とは、「恭」「寛」「信」「敏」「恵」だそうです。
弟子の子張が、孔子に尋ねた答えです。
「恭」キョウとは?
丁寧で慎み深く心がしっかりしているので、人から侮られる事が無い。

「寛」カンとは?
心がおおらかであるため、人を許す事が出来き人望が得られます。

「信」シンとは?
信用を第一にし嘘を付かない事、だからこそ人々はその人を信頼する。

「敏」ビンとは?
素早く行動する事、要点を把握し素早く行動するからこそ、多くの仕事を
こなせて功績が上げられるのです。

「恵」ケイとは?
己を慎み、人のために尽くす事、人々は、その姿を見て仕事に励むようになる。

残念ながら1年ごとに国のリーダーが変わる、今の日本では見る影もありません。
だからこそ、人としての正しい道である「義」が必要なのです。
「信義」「人義」「道義」「正義」「礼儀」「忠義」「恩義」「大義」は
どれも人として大切な教えです。
稲作文化の中、村単位で共同作業してきた絆を持つ日本人には
どれも遺伝子の中に組み込まれている素晴らしい教えなのです。
我よしの外国人には理解し難い教えであり、真似の出来るものではありません。
プライドと言うよりも、大和の精神とも言うべきか?
恥ずかしいと思う恥の文化だと思います。では何に対して恥ずかしいのか?
まずは自分に対して、次に祖先に対して、最後に神様に対してなのです。
そして、これは輪廻の構造を理解していると言っても過言ではありません。
自らの行いは自らに帰るものなのです。だからこそ、人として恥ずかしくない
行いこそ正しい行いであると認識する訳なのではないでしょうか?

今は少なからずとも紛争は絶えないが世界は平和な世である。
日本では多くのご先祖のご苦労にて、人権が確保され、選挙権が認められ
財産権が確保され、法治国家であり、社会にはルールや道徳も存在している。
飢える事も少なく、病気の治療も整備され、年金や介護等あらゆる
行政サービスが享受されている。そんな理想のような社会で
何故に「義」が行われないのか?
まさに疑問である。

③へつづく。
ありがとうございます。
感謝。

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