最近はどうも、コロナ関連の記事が多いので何ともである。
なので、本日は趣向を変えて神様関連の記事を
書くことにしました。
先日、友人との会話の中で禊に関して話す事があり
本質的な部分の認識が抜けているのに気づいた。
つまりは、禊は何故行うのか。またどんな効果が
あるのかをあまり理解していないのである。
WIKIでは。以下引用。(Wikipedia-禊から)
禊(みそぎ)は、罪や穢れを落とし自らを清らかにすることを
目的とした、神道における水浴行為である。
不浄を取り除く行為である祓(はらえ)の一種とされる。
引用終了。
まあ、一般的には参拝前に手水舎で手を清めるのも禊の
一つとされているし、入浴も同じくである。
昔の衛生概念の違いから神の社に入る前に体が臭く汚い人が
多かったゆえであり、西洋ではお香を炊いたりして
匂いを誤魔化していた訳である。
特に神職や神様に関わる仕事をしている方には
必要な所作とされているのだが、どうしてかと。
答えは比較的簡単なれども、その実が理解していないのが現実である。
ちなみに、私の周囲の方達にも聞いて見たが、やはりと言うべきか
言葉にする程には理解していない。つまりは人には説明出来ない。
腑に落ちていない状態であった。
一般的には、神様はお賽銭や寄進すれば何でもお願いを
聞いてくれて神頼みをすれば何でも叶えてくれるとでも思っている。
また、神社や仏閣に参拝すれば、清浄な気分となり何とも
清々しい気持ちになるので心が洗われた、つまりは浄化した
と思っている。まあ、少しは浄化が行われて魂が軽くは
なるのだが、ひどい汚れは洗濯でも落としきれないと
言う具合ではないだろうかと。
そして、一般的に禊と言えば心身に付いた穢を落とす為に
行う行為だと思っている。確かにその通りなのだが
では、穢とは何処に付くものなのかと。
そして、穢れた状態とはどのような状態なのかと。
また、穢れが浄化されるとどのような状態となるのかと。
この事をしばらく考えてみるといいだろうかと。
②に正解を書いてみます。
ありがとうございます。
感謝。
和海。